COLUMN — STANDARDIZATION
「あの業務は、いま◯◯さんしかできない」。この状態がまずいことは、経営者も本人も分かっています。そして打ち手として決まって出てくるのが「マニュアルを作ろう」です。ところが半年後に聞くと、たいてい作られていません。作られていた場合も、開かれていないか、途中で更新が止まっています。three.Tは11社でNo.3(社長・幹部に次ぐ3番目の推進役)として社内に入っていますが、この状態の相談を受けたとき、私たちがまず勧めるのはマニュアルを書き始めることではありません。渡す相手を1人決めることです。この記事では、マニュアルを先に書かずに属人化を減らす順序を、実務のレベルまで下ろして整理します。
目次
01「マニュアルが無いから属人化する」ではない
まず、順番を確認します。属人化している業務にマニュアルが無いのは事実です。ただ、それは原因ではなく結果です。
その業務を一番よく分かっている人は、その業務を一番回している人です。つまり社内で一番忙しい。書く時間が取れないからマニュアルが無い。マニュアルが無いから他の人ができない。他の人ができないから、その人がさらに回す。忙しさと属人化は、互いに原因になって回っています。
ここに「マニュアルを作ろう」という指示を入れると、一番忙しい人の仕事が1つ増えます。当然、優先順位は下がります。日々の業務は今日中にやらないと止まりますが、マニュアルは来月でも止まらないからです。緊急ではないが重要なことが後回しになる、典型的な形です。
だから、着手できる形に変える必要があります。書く時間を作るのではなく、書かなくても進む順番に変えるということです。
02マニュアルを作っても属人化が残る3つの理由
時間を確保してマニュアルを作れた会社でも、属人化が残ることがあります。作られたものを見せてもらうと、原因はだいたい次の3つに分かれます。
理由1:書ける人が、一番忙しい人
前章のとおりです。書く担当は自動的にその業務の主です。結果として、着手が遅れるか、短時間で書ける範囲だけが書かれます。全体の流れは書かれても、実際に時間がかかっている工程ほど説明が短い、ということが起きます。書くのに一番労力がいる部分だからです。
理由2:手順は書けても、判断が書かれない
これが一番大きい理由です。マニュアルに書かれるのは、通常どおり進んだときの流れです。ところが実務で人が詰まるのは、そこではありません。例外が出たときにどうするかで詰まります。
金額がいつもより大きいとき、納期が間に合わないとき、先方の担当者が変わったとき。こういう場面で本人が何を基準に判断し、誰に確認しているか。ここは本人にとって当たり前すぎて、書き出す対象として意識に上りません。手順書を厚くしても、この部分は増えないままです。属人化として最後まで残るのは、作業ではなく判断です。
理由3:読む人が決まっていない
「誰かが読むかもしれない」という前提で書かれたマニュアルは、粒度が定まりません。どこまで説明すべきか決められないので、当たり障りのない書き方になります。そして誰の宿題でもないため、開かれず、内容が古くなっても直されません。
渡す相手が1人決まっていると、この問題は小さくなります。その人が知っていることは省けるし、知らないことは書く必要がある。どこまで書くかを、その都度考えなくてよくなります。
3つに共通しているのは、「作ること」を目的にしている点です。目的は渡すことで、マニュアルはそのための道具です。道具を先に完成させようとすると止まります。
03書き始める前に決める、2つのこと
手を動かす前に決めることが2つあります。ここが決まっていないまま進めた場合、あとの工程は全部やり直しになります。
1つめ:渡す先を、1人決める
「誰か手が空いた人に」ではなく、名前で決めます。この時点で完璧な候補である必要はありません。全部を引き取れる人でなくても構いません。その業務の一部を受け取る人が1人いる、という状態を作るのが目的です。
「渡せる人がいない」という声はよく出ます。ただ、詳しく聞くと「全部を任せられる人がいない」という意味であることがほとんどです。全部渡せる人が現れるのを待つと、いつまでも始まりません。1工程だけなら受け取れる人は、たいていいます。
2つめ:渡す範囲を、2軸で切る
何から渡すかは、発生頻度と判断の重さの2軸で並べると決まります。
- 頻度が高く、判断が軽い:ここから渡します。受発注の入力、請求書の発行、定例の報告書づくり。渡しても事故が起きにくく、頻度が高いので効果がすぐ出ます
- 頻度が高く、判断が重い:2番目。見積の作成、値引きの可否。判断基準を言葉にする作業とセットで進めます
- 頻度が低く、判断が軽い:3番目。年1回の棚卸し、保険の更新手続き。急ぎませんが、思い出せる人が1人しかいない状態になりやすいので、記録だけは残します
- 頻度が低く、判断が重い:最後。取引先とのトラブル対応、特注品の仕様決め。無理に渡さず、担当者が不在のときの連絡経路だけ決めておく方法もあります
この2軸は、権限移譲の実務手順と同じものを使います。ただし処方は一部違います。権限移譲では「頻度が低く、判断も軽い」業務は渡す前にやめられないかを考えますが、属人化の解消では、やめない限り記録は残します。年1回しか起きない手続きほど、思い出せる人が1人に固定されやすいからです。
04渡しながら記録する5ステップ
ここからが実際の進め方です。マニュアルを書く工程は、この中に入っていません。記録は、渡す作業の途中で自然に出てきます。
渡す相手と、渡す1工程を決める
前章で決めた2つを、この場で確定させます。「来月から、この作業は◯◯さんが担当」と口に出して決めるところまでやります。決まっていないと、次のステップで元の担当者が手を出してしまいます。
説明せずに、まずやってもらう
ここがこの進め方の要点です。事前にレクチャーをせず、隣で見ている状態で実際にやってもらいます。分からない箇所は聞いてもらって構いませんが、聞かれる前に教えないことを守ります。
先に丁寧に説明すると、どこが分かりにくいのかが分からなくなります。教える側は自分が説明した内容を覚えているだけで、相手がどこで止まるかは見えません。黙って見ていると、詰まる箇所がそのまま観測できます。ここで得られる情報が、あとで残す記録の中身になります。
詰まった箇所だけをメモする
全工程を書き起こす必要はありません。相手が手を止めた箇所、質問した箇所、間違えた箇所だけを短く控えます。同じ業務を繰り返すほど、新しく出てくる詰まりは減っていきます。
逆に言えば、詰まらなかった工程は書かなくていい工程です。マニュアルが分厚くなって使われなくなるのは、この「書かなくていい部分」が積み上がるためです。
詰まりを「手順の欠落」と「判断の欠落」に分ける
控えたメモを2つに仕分けます。仕分けの軸は1つだけで、「調べれば分かるか、聞かないと分からないか」です。
- 手順の欠落:どのボタンを押すか、どのフォルダにあるか、どの順で入力するか。調べれば分かる類のもの
- 判断の欠落:この金額なら誰の承認が要るか、この条件のときは受けていいのか、迷ったら誰に聞くか
メモは2列で足ります。受発注の入力を渡した場合なら、こういう形になります。
| 詰まった箇所 | 手順/判断 |
|---|---|
| 受注データの保存先フォルダが分からない | 手順 |
| 品番の桁数が合わないときの直し方 | 手順 |
| 納期が先方希望より遅くなるとき、受けていいか | 判断 |
| 単価が前回と違うとき、そのまま通していいか | 判断 |
| 先方の担当者が変わったとき、誰に確認するか | 判断 |
この仕分けをすると、件数が多いのは手順のほうなのに、解消に時間がかかるのは判断のほうだ、ということが見えてきます。手順は調べれば埋まりますが、判断は元の担当者から引き出さないと埋まりません。属人化の本体は、後者です。
判断の欠落だけを、基準として書き出す
元の担当者が書くのは、判断の部分だけにします。受発注の入力なら、「1件20万円までは自分で通す、それ以上は社長に確認」「納期が10営業日を切る依頼は、受ける前に工場に確認」「前回と単価が違う受注は、そのまま通さず営業に戻す」「先方の担当者が変わったら、次の受注が来る前に営業と一度つなぐ」。まず3〜4行、多くても10行で足ります。これが本来のマニュアルの中身です。
数字を入れるのが要点です。「大きい金額は確認」と書くと、何が大きいかを判断するところが渡らないので、結局は聞きに来ます。金額と日数を数字で書いた瞬間に、その判断が渡ります。
手順の部分は、2人目に書いてもらいます。初めてやった人のほうが、どこでつまずくかを覚えているので、結果的に読みやすいものができます。元の担当者の負担も減ります。書く人と、書ける内容を分けるということです。
ここまでで、その業務は2人でできる状態になります。完全な標準化には届いていませんが、1人しかできない状態は解けています。3人目からは、2人目が同じ手順で渡していけます。
残すのは、手順書より「判断基準」と「連絡経路」
仕組みとして残す価値が高いのは、次の2つです。
- 判断基準:例外が出たときに何を基準に決めるか
- 連絡経路:基準で決められないとき、誰に聞くか
この2つがあれば、手順を多少間違えても事故になりません。逆に、手順書だけが分厚くあって判断基準が無い状態は、担当者が休んだ日に止まります。ツールを入れる場合も、置き場所が変わるだけでこの構造は変わりません。決めるべきことを決めていない状態でツールを入れると、使われないマニュアル置き場が増えます。
05渡す先が社内にいないときの順序
ここまでは、渡す相手が社内にいる前提で書いています。ただ、社員10〜100名の規模では、その1人が見つからないことがあります。全員がすでに何かを持っていて、新しく受け取る余力が無い、という状態です。
この場合、外部の人間が一時的に2人目に入る方法があります。目的は業務を外に出すことではありません。STEP 2からSTEP 5までを外部が引き受けることで、詰まる箇所を洗い出し、判断基準を言葉にするところまで進めます。ここまで終わっていれば、社内の人が入るときの負担は大きく下がります。採用や配置換えで人が入るタイミングを待つより、先に渡せる形を作っておくほうが早いことが多いです。
three.TのNo.3代行は、社長(No.1)、幹部(No.2)に次ぐ3番目の推進役として社内に入り、この工程を進めます。支援はTALK(60分の無料相談)、DESIGN(何から手をつけるかを決める)、MOVE(一緒に実行する)、SYSTEMIZE(社内で回る形にする)の順です。属人化の解消は、このSYSTEMIZEにあたります。外部が持ち続けることが目的ではないので、渡せる状態になった時点で社内に引き渡します。
社内で育てるか外部に頼むかの整理は中小企業の「経営参謀」の見つけ方に、外部に頼んだのに動かなかった場合に何が起きているかは顧問・コンサルの成果が出ないとき、何が起きているのかにまとめています。渡したあとに進捗を追う場の作り方は経営計画が「絵に描いた餅」で終わる会社と、終わらない会社を参照してください。
マニュアルより先に、渡す相手を決める。
three.TのNo.3代行は、マニュアルを整備するところからではなく、渡す相手と渡す範囲を決めるところから入ります。しばらくは私たちが2人目として実際に業務を受け取り、詰まる箇所を洗い出して判断基準を言葉にします。社内で回る形になったら引き渡します。まずは60分、いま1人しかできていない業務をお聞かせください。初回相談は無料です。
06よくある質問
属人化を解消するには、まずマニュアルを作るべきではないのですか?
順番が逆になりやすいです。マニュアルを書けるのはその業務を一番分かっている人で、その人はたいてい社内で一番忙しい人です。書く時間が取れないので着手されないか、時間を絞って書いた薄いものができます。先に渡す相手を1人決めて、その人に実際にやってもらいながら、詰まった箇所だけを記録してください。マニュアルは書く作業ではなく、渡す作業の副産物として残ります。
マニュアルを作ったのに使われません。なぜですか?
読む人が決まっていないまま作られた可能性が高いです。誰に渡すかが決まっていないマニュアルは、誰の宿題でもないので開かれず、内容が古くなっても直されません。特定の1人に向けて書くと、書く粒度も自然に決まります。すでにあるマニュアルは、捨てずに渡す相手を1人決めるところからやり直してください。
手順書はあるのに、結局その人にしかできないのはなぜですか?
書かれているのが手順だけで、判断が書かれていないためです。通常の流れは書けますが、例外が出たときにどう判断するか、誰に確認するかは、本人にとって当たり前すぎて書き漏れます。属人化として残るのはこの判断の部分です。手順を厚くするより、例外時の判断基準と連絡先を1枚にするほうが効きます。
何から渡せばいいか分かりません。
発生頻度と判断の重さの2軸で並べて、頻度が高く判断が軽いものから渡してください。毎日発生して判断が要らない作業は、渡しても事故が起きにくく、渡した効果がすぐ出ます。逆に、頻度が低く判断が重いものは最後です。同じ2軸の考え方は権限移譲でも使えます。
渡す相手の手が空いていません。どうすればいいですか?
渡す範囲を狭めてください。業務そのものではなく、その業務のうち1工程だけを渡します。全部渡せる人が現れるのを待つと、いつまでも始まりません。1工程でも移ると、元の担当者に少し時間ができるので、次の1工程を渡す余力が生まれます。
ツールを入れれば属人化は解決しますか?
ツールは記録と共有を楽にしますが、渡す相手を決める・判断基準を言葉にするという工程は代わりにやってくれません。この2つが決まっていない状態でツールを入れると、使われないマニュアル置き場が増えるだけになります。逆に、渡す相手と判断基準が決まっていれば、置き場は既存の共有フォルダでも足ります。
渡す先の人材が社内にいない場合はどうすればいいですか?
外部の人間が一時的に2人目に入り、渡す作業そのものを進める方法があります。外部が業務を持ち続けることが目的ではなく、詰まる箇所を洗い出して判断基準を言葉にし、社内の人が入れる状態にしてから引き渡します。three.TのNo.3代行では、この工程をSYSTEMIZEとして扱っています。